災害廃棄物対策は「自治体と市民の災害安全保障」へ / 法改正は”努力目標”を終わらせ、広域連携を軸とした具体的準備を市町村に求める段階へ

南海トラフ地震、がれき最大3億4,900万トン/ 東日本大震災の11倍、処理に最長20年
環境省の有識者検討会が公表した推計(2014年2月公表)によれば、南海トラフ地震が発生した場合、がれき等の災害廃棄物は最大で約3億4,900万トンに達し、東日本大震災(約3,000万トン)の約11倍に相当する。首都直下地震でも最大約1億1,000万トンが発生する見込みだ。既存の処理施設だけでは対応しきれず、環境省はこの処理に最長で約20年を要すると試算している。
なお、内閣府・中央防災会議が令和7年3月に公表したより新しい被害想定では、建物がれき等の災害廃棄物を約1.9億トンから約4億トン、津波堆積物を約2,200万トンから約2,400万トンとしており、さらに上振れした水準にある。両者は調査時点・手法が異なるため、記事中では出典と時点を分けて明示している。
これは行政手続きの話ではない。国家的リスクの話である。
令和8年6月、国会で可決・成立した「廃棄物の処理及び清掃に関する法律等の一部を改正する法律」(同年6月19日公布、法律第43号)は、この規模の脅威に対して日本がどこまで備えているかを問う、災害廃棄物対策の歴史における重要な転換点となった。
これまで日本の災害廃棄物対策は、市町村の自前処理能力に過度に依存する構造的弱点を抱えていた。大規模災害では、発生する廃棄物量が平時の数倍〜十数倍に達し、市町村単独では対応しきれない。仮置場の不足により街中に廃棄物が溢れ、衛生環境の悪化や二次災害を招き、公費解体や生活再建が長期化する悪循環が繰り返されてきた。令和6年能登半島地震では、被災市町村の処理能力を大きく超える大量の混合廃棄物が発生し、仮置場の事前計画不足・民間処分場の活用停滞・被災自治体の人員不足という課題が改めて浮き彫りになった。今回の法改正は、この教訓を直接の立法事実としている。
なお中央防災会議の被害想定は、遺体の安置場所・棺・ドライアイスの不足、火葬能力の不足による衛生上の問題にも言及している。災害廃棄物処理の遅延は、単に復興が遅れるという話にとどまらず、より直接的な人的被害とも連動しうる。「安全保障」という言葉は比喩ではない。
広域連携こそが鍵 ── 法改正の核心
今回の改正の最大のポイントは、広域連携を制度的に担保し、平時からの実効性あるネットワーク構築を強く求める点にある。
具体的には以下の措置が講じられた:
地方公共団体と事業者間の協定締結制度の創設**:民間処理施設との協定を平時から締結し、災害時に迅速な受け入れを可能とする。
- 民間最終処分場の指定制度(第9条の3の4)**:都道府県知事が、災害廃棄物を受け入れる民間施設を指定可能に。手続きの迅速化と受入体制の事前整備を図る。
- JESCO(中間貯蔵・環境安全事業株式会社)を通じた被災自治体への専門人材派遣:国が災害廃棄物処理支援業務をJESCOに委託し、現場経験豊富な職員を被災自治体に派遣する仕組みを創設。発生量の推計や仮置場開設といった初動対応から、がれき処理の発注や公費解体の調整まで中長期の取り組みを支援する。
これにより、これまで「広域連携を努力します」という抽象的なレベルから、「広域ネットワークを前提とした動ける計画」を平時から完成させる段階へと移行したと言える。
なお、今回の法改正はスクラップヤード(金属・プラスチックの保管・再生事業場)への新たな許可制導入も同時に行っており、これは廃棄物処理法制定以来初めて「廃棄物ではない物」の取扱いに許可制を導入する点で、法制史上の大きな転換点である。ただしこれは事業者のコンプライアンス対応の問題であり、人命・公衆衛生・地域存続に直結する災害廃棄物問題とは次元が異なる。本稿では後者に焦点を絞る。
なぜ広域連携が不可欠なのか
・ 一つの市町村では処理能力・仮置場・人材が圧倒的に不足する。
・ 近隣自治体や都道府県を跨いだ受け入れ・共同処理が、全体のスピードと効率を決める。
・ 過去の大災害で、発災後の即席連携では調整に時間がかかり、結果として復興遅延を招いた。
しかし実態は…
法制度と上位自治体の動きが整いつつある一方で、多くの市町村では平時のリソース不足や事なかれ主義から、以下の動きが停滞しているのが実情だ。
・ 広域処理計画の質が低く、具体的な施設確保や運用手順まで落とし込めていない
・ 民間事業者との協定が形式的なものにとどまり、有事の受入拒否リスクが残る
・ 都道府県レベルの調整会議が形骸化しているケース
この「平時の足踏み」は、有事における致命的なガバナンス欠如に直結する。南海トラフ地震が想定通りの規模で発生すれば、この足踏みのツケは東日本大震災の11倍という数字となって跳ね返ってくる。
- 市民の視点とリーダーへの問い
大災害時に最も被害を受けるのは市民である。だからこそ、市民も「災害廃棄物対策は行政任せのゴミ処理ではなく、自分たちの生活と地域を守る安全保障」と捉える必要がある。
市民が注視すべきは以下の点だ:
・ 自自治体の災害廃棄物処理計画は、広域連携を前提とした実効性のある内容か
・ 近隣自治体・都道府県・民間事業者との具体的な協定は締結済みか
・ 国や都道府県の支援制度を十分に活用した準備を進めているか
こうした市民の視線(外圧)があってこそ、行政の説明責任が高まる。
首長と議員に問われる「経営判断」
今回の法改正は、市町村の首長・幹部・議会に対し、平時からコストと人材を投じて広域処理システムを機能させる経営判断を明確に求めている。
平時の備えを怠れば、発災後にパニック対応で高額契約を強いられ、財政を圧迫するリスクが急増する。それは結局、市民の負担と復興遅延、そして最悪の場合はより直接的な人的被害という形で跳ね返る。
「発災してから慌てて考える」という旧来の姿勢は、もはや法律的にも財政的にも、そして市民の目線からも許されない。自治体リーダーには今、「災害安全保障としての広域連携」を本気で進める覚悟が問われている。(森下伸郎)
