登記制度の根幹を揺るがす詐欺事件と制度設計の再構築

― 商業登記における本人確認と通知制度の再検討 ―
2024年、大阪で発生した14億円規模の地面師事件は、我が国の登記制度の根幹的な脆弱性を露呈させた。詐欺集団は、ある法人の登記を会社側の知らぬ間に不正に変更し、あたかも正当な登記名義人であるかのように不動産を売却した。これは単なる「なりすまし」ではなく、法人登記そのものの乗っ取りであり、制度的な防止機能が皆無であることが明らかとなった。
背景には、かつて存在した登記変更前の「事前通知制度」の廃止がある。現行制度では登記完了後に申請者へ通知されるのみで、真の権利者には情報が届かない。形式主義に基づく登記実務では、申請書類の体裁が整っていれば、実体確認を経ることなく登記が完了してしまう。これでは不正申請の温床となり得る。
登記制度は、不動産取引や災害時対応など、社会的基盤としての役割を果たしている。その真正性が保証されないままでは、私法秩序全体に不信が波及する。
このような事態を防ぐには、以下の制度的対応が必要である。
・登記変更時に、直前の登記名義人へ通知を行う「事前通知制度」の復活
・法人番号に紐づく電子通知先の登録制度の導入
・大量・複雑な変更申請に対するAIによる異常検出とフラグ表示
・一定要件下での実体確認義務の限定的導入
形式主義のもとでも、実体との整合性を支える予防的仕組みは構築可能である。登記制度の信頼を維持するため、真の権利者に不利益が及ばぬよう制度設計の見直しが急務である。(森下伸郎)
