最終処分場設置の許可権限のない自治体が株主として物申すことは有効か

日経新聞によると、島根県美郷町が、産業廃棄物最終処分場の建設を計画する上場企業(ミダックホールディングス)の株式を取得し、「物言う株主」になるという。自治体が住民の声を背負い、資本市場に乗り込む。耳目を集めるのも無理はない。
この判断は奇抜に見えるが、突き詰めれば極めて日本的な“制度の隙間”への対応でもある。産廃処分場の設置及び業許可の権限は県知事にあり、立地自治体である町が公式に意見を述べられる場(権限)は限られている。住民の反対がいかに強くとも、町長が持つカードは驚くほど少ない。美郷町は、その構造的弱点を、行政手続ではなく「株主」という私法上の地位で補おうとしている。
株主提案権を得れば、企業と対話する場は確保できる(3万株、5500万円)。しかも、上場企業にとって株主総会は公開の場であり、企業と地域との共生といった論点は無視しづらい。建設計画を直接止める力はなくとも、条件や説明責任、進め方に影響を及ぼす余地は生まれる。町長が証券会社出身という経歴も、この戦術の背景にはあるのだろう。
しかし、この手法はあくまで「効くかもしれない」策であって、「正攻法」ではない。公金を投じて株式を取得する以上、株価下落や損失リスクから逃れることはできない。結果が出なかった場合、5,500万円という金額に対して、住民にどこまで説明できるのか。行政が中立を保ちながら、同時に株主として企業に圧力をかけるという立場も、論理的にはやや苦しい。投資家として情報管理の責任も重くのしかかる。
さらに厄介なのは、この試みが前例になり得る点だ。もし自治体が、意見を通すために企業の株を買うことが「あり」になるなら、原発も、風力発電も、大規模開発も、次は株主総会が紛争の舞台になるかもしれない。資本市場は本来、経済合理性で動く場所である。そこに行政が恒常的に介入すれば、企業活動の予見可能性は損なわれる。
それでも、このニュースが投げかける本質は、町の手法の是非そのものではない。問われているのは、なぜ立地自治体が、住民の声を正面から反映できる制度設計になっていないのか、という点である。自治体が株主になる時代が来たのではない。本来、そうしなくても済む制度が、いまだ整っていないだけなのではないか。(森下伸郎)
